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演劇

MONO『少しはみ出て殴られた』を観た

9日(金)、大阪・福島のABCホールにて、京都の劇団「MONO」の第39回公演『少しはみ出て殴られた』を観た。MONOの舞台を観るのは、2007年のHEP HALLでの公演『地獄でございます』以来4年ぶり。けっこう久しぶりだった。

舞台は国境の上にある刑務所。突然の国家の分裂のために、刑務所内に国境線が通ることになってしまったのだ。そんな大事にも関わらず、たわいない会話を交わす2人の刑務官と6人の囚人たち。軽犯罪者専門の刑務所ということもあってか、和気あいあいのユルい雰囲気だ。だが、両方の国家から放置状態にされてしまう中、彼らにこれまで無かった感情や意識が徐々に芽生え始める。

国境という“線”の出現によって、関係性が変わってしまう男たちが生々しい。それまでは日常的で何気ない会話だったものが、“線”によって別の意味を持ってしまう。「君は○○出身か。俺は●●だ」「その名前は○○地方っぽい」「○○ではそういう言い方をするのか」。“線”が“こちら側”と“むこう側”を思い起こさせ、帰属意識をかき立てる。国からつまはじきにされた犯罪者同士という仲間意識を持っていた集団は、持っていなかったはずの愛国心から決定的に分裂してしまうまでになる。

基本的にはコメディなので笑いながら観ていられるけども、そのテーマはシリアスで、心の底がムズムズする内容だった。登場人物たちの“線”への意識の持ち方が、自分を含めた現実の人間と同じものに思えるからだ。他人との違いなんて以前からあるもので、会話そのものだって特に変なものではない。それなのに、なぜ“線”を意識するようになってしまったのか。それは自分のせいなのか、他人や状況のせいなのか。そして“線”によって生まれた――あるいは、心の奥底から立ち現れた――感情や意識と、どう向きあえばいいのか。一見、大団円のように見えるエンディングも、一度描かれた“線”は完全に消えないことを示していた。“線”に翻弄される人々を目の当たりにして、簡単に答えの見つからない疑問と向かい合わされた。

集団がテーマでありながら、個々の登場人物の描写も丁寧だった。愛国心に駆られて同じ側にいる人間まで罵倒する者、まったくの無関心を決め込もうとする者、仲の良い関係に戻ろうと訴え続ける者、気が弱くて反抗できずに追随してしまう者などなど、8人がそれぞれに個性のある描かれ方をしているのも良かった。それだけに、「集団意識に流される」みたいな薄っぺらいものじゃない、個々人の持つ“線”への意識を考えさせられた。

国家間の関係ように大きくとらえても、友達同士の関係のように小さくとらえても通用するような内容で、しかしメッセージ性を強く打ち出してはいないけれども、でもすごく考えさせられて、だけども笑えるというおもしろい舞台だった。ああ、演劇を観る機会をもうちょっと増やしたい気になった。